香華(1964松竹)

監督・脚本:木下恵介
原作:有吉佐和子
出演:岡田茉莉子・乙羽信子・田中絹代

明治・大正・昭和、半世紀に渡る母と娘の愛憎を描く、堂々3時間超の文芸大作。この手の(何といえばいいか)「女の一生」的なジャンルの作品を普通なら私はまず見ない。木下恵介監督、有吉佐和子原作いずれも全く初めて触れた。それぐらい縁も興味もなかった。自称映画好き・自分の嗜好がどれほど偏っているか、我ながら痛感。

なぜ本作を見る気になったかといえば(正直に言おう)、松竹時代の菅原文太が出演しているからという、ただそれだけ。言うまでもなく、東映ヤクザ映画等で大ブレイクする前、端役である。伝記「仁義なき戦い 菅原文太伝」(松田美智子/新潮社)によれば、かなり鬱屈を抱えていた頃らしい。同じ木下恵介監督の「死闘の伝説」(1963の方は若き文太怪演とされていて興味を引かれるのだが、DVDを購入しないと見られないので却下。

そんなわけで大して期待もせずに見た「香華」であるが、いや、これは名作。とても面白かった。良かったので中古ながらDVDも買った。

DSC_0302今でいえばひどい「毒親」の話だ。自分は男をとっかえひっかえしながら娘(岡田茉莉子)に寄生する母(乙羽信子)。そもそも、母は夫が亡くなるやまだ子供だった娘を置いて出て行ったばかりか、娘を妓楼に売り飛ばしさえしたのだ。奔放すぎる母のおかげで好きな男と添い遂げる道も断たれ、娘は母を憎みながらも母を捨てることができない。この母子の確執・葛藤が、日露戦争、関東大震災、太平洋戦争、東京裁判という激動の歴史を背景にしながら描かれる。時にキツい言葉で言い合う二人を映しながら、カメラワークはあくまでゆったりとしており、日本家屋の奥行や調度品、かつての日本人の暮らしをも格調高く映し出す。木下恵介の演出は、品格と緊張感と優しさを保って母と娘の歳月を見つめ続ける、といった印象だ。これが巨匠の仕事か、と感じ入る。震災や空襲、焼け跡のシーンは合成感が目についてしまうが、これは当時の技術的限界でやむをえまい。

岡田茉莉子、乙羽信子、祖母役の田中絹代、みな素晴らしい。

DSC_0301岡田茉莉子は十代の芸妓時代から老年までを演じきった。役者本人は三十歳ぐらいの頃だと思うが、役者の齢がわからなくなるほどのなりきりぶり。基本、しっかり者の娘でありながら、身勝手な母への怒りや憎しみ、あるいはかつての恋人への思いを抑えきれない場面の感情表現など、見る者に目を離させない強烈な演技力。映画黄金時代の大スター・大女優とはこういう人か、と思った。ちなみにDVDジャケット写真の岡田茉莉子、ハッとするほどの美しさだ。私が子供の頃、岡田茉莉子といえば「人間の証明」(1977、あとは時代劇の春日局とか大石内蔵助の妻といった役の印象が強く、すでに堂々たる大御所の貫禄だった。今更ながら、それ以前の作品を見てみたいという思いに駆られる。【大河ファンとしては、1967年の「三姉妹」(大佛次郎原作)で女性主役第一号ということを忘れてはなるまい。残念ながら一話を除いて映像はほぼ現存しないようである。】

そして乙羽信子。男好きで手前勝手でろくでもない、親失格の女を演じながら、どこか愛嬌があって魅力があり、憎み切れない人物像を絶妙に表現した。この演技があればこそ主人公の感情の揺れに説得力が生まれ、物語が成立したと言える。NHK「おしん」(1983のイメージが強かったが、この人もすごい役者だ。

田中絹代の出番は序盤のみながら、孫を挟んで乙羽信子とバトルを繰り広げやがて狂気の淵に立つようになる祖母を熱演した。伝説の映画女優の凄みを感じさせる。

古き良き日本映画の香気あふれる文芸大作を堪能し、なんだか得をした気分だ。

 

DSC_0304最後に、菅原文太登場シーン。主人公の恋人になる陸軍軍人(加藤剛)の同輩役。1980年の大河「獅子の時代」(山田太一・作)のはるか前に菅原文太・加藤剛が共演していたとは。榎本武揚役だった新克利も。…大河オタク的与太話、失礼。